大判例

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仙台地方裁判所 昭和43年(ワ)979号 判決 1970年6月17日

原告

久保政義

外一名

代理人

広野光俊

被告

小野英凱

代理人

塩水祐四郎

被告

加藤道夫

主文

被告等は連帯して、原告久保幹子に対し金二三六万二、八〇三円、原告久保政義に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和四二年三月二九日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告久保幹子のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告等の連帯負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、被告等は連帯して原告久保幹子に対し金二六〇万六、四〇〇円原告久保政義に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和四二年三月二九日以降各完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の連帯負担とするとの判決並に仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

一、訴外株式会社小野組(現在は小野建設株式会社と商号変更)当時の代表取締役であつた被告小野英凱は、昭和四二年三月二九日南蔵王山麓の工事現場にブルドーザーを自送するに当り、同会社運転者である被告加藤道夫がブルドーザーの運転免許を有していないことを熟知しながら、同被告をして右ブルドーザーの自送を命じ、同被告はこれに基き、原告両名の長男で前記小野組の現場で働いていた訴外亡久保喜義を右ブルドーザーの助手席に同乗せしめてこれを運転し、鎌先より弥治郎方面に向け進行中白石市福岡八ツ宮弥治郎北地内先きの道路上に差しかかつた際運転未熟のため、進路左側端に寄り過ぎた過失が原因して路肩が崩壊し、ブルドーザーは同乗者諸共約三〇米崖下の用水堀に転落し、その際喜義はブルドーザーの下敷きとなり、同日午後四時頃死亡するに至つた。

二、右事故は小野組の業務執行中の事故であり、被告小野英凱は無免許者である被告加藤道夫に運転を命じた共同不法行為者として責任を負うべきものであるところ、仮にそうでないとしても、同被告の選任、監督を誤つた直接の監督者として、同被告と共に、本件事故により生じた一切の損害を賠償すべき義務がある。

三、損害

(一)  亡喜義の損害

同人は昭和二五年三月二五日生れで、事故当時満一七才一カ月余であつたから厚生省大臣官房統計調査部刊行第一〇回生命表により平均余命は五一、二〇となるところ、育英高校を中途退学し、親孝行をするといつて前記小野組で働いていたもので、平均椽働終期を五五才とみて、今後尚三八年間は稼働しうる状況にあつた。当時同人が小野組から支給された給付基礎日額は金六七一円であり、月三〇日の稼働とみて、月収は金二万一三〇円となり、これより生活費として金四、〇〇〇円を差引くと、死亡当時の一か月の純収益は金一万六、一三〇円となるからホフマン式計算法により三八年間の得べかりし利益を計算すると金二五三万六、三三〇円となる。又同人は春秋に富む人生を僅か一七才にして失つたのであるから慰藉料の額は金一〇〇万円が相当である。即ち右二口合計金三五三万六、三三〇円が同人の被つた損害となるところ、原告等においてこれを二分の一宛相続した。

(二)  原告両名の損害

原告両名には一男一女の二子があり、長女は既に北海道に嫁ぎ、事故当時は喜義と共に親子三人で平和な生活を送つていたのである。そして親思いの喜義は働いて得た給料のうちから金四、〇〇〇円を生活費として入れ親孝行をしたいといつて学校もやめたのである。ところが本件事故により喜義の生命は一瞬にして奪われ、原告幹子は寿し屋の給仕として働きに出て生活を維持しなければならなくなり、原告政義も悲嘆に打ち沈んで仕事も手につかず、将来の不安におののいている有様である。従つて原告等の被つた精神的苦痛に対する慰藉料の額は各金一〇〇万円が相当である。

四、原告等は右(一)(二)を合計して各金二七六万八、一六五円の損害賠償請求権を有するところ、喜義の労災保険として金三二万三、五三〇円の給付を受けているのでこれを二分して右金額より差引くと原告等の請求額は各金二六〇万六、四〇〇円となる。よつて被告等に対し、原告幹子は金二六〇万六、四〇〇円、原告政義は右の内金一〇〇万円及び以上の各金員に対する昭和四二年三月二九日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めるため本訴請求に及んだと述べ、その主張に反する被告等の抗弁事実を否認し、

五、<証拠略>

被告小野英凱訴訟代理人は、原告等の負担とする。訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求め、答弁として

一、原告等の主張事実中原告等の長男喜義が南蔵王の工事現場に移送する被告加藤道夫運転のブルドーザーに同乗し、原告等主張の日時、場所において道路の路肩崩壊のためブルドーザーが崖下の用水堀に転落し右事故により喜義が死するに至つたことは認めるけれども、その余の事実は不知、又は否認する。被告小野英凱は右事故に何等の関係もない。即ち

二、訴外小野建設株式会社は名取川土地改良区より請負つた名取市小塚原における土地改良請負工事が完了し、工事用機設を次期請負工事現場である南蔵王不忘山道路整備工事現場に移動させることとなつた。

三、原告久保政義は右土地改良工事施行のため、小野建設株式会社の申入れで、訴外東北機設株式会社より貸ブルドーザー付きの運転手として派遣されていたもので、長男の喜義は学校を中途退学後ブルドーザーの運転手を志して父政義のブルドーザーに乗車するなどして、その練習をしていたものである。事故当日原告政義が欠勤したためブルドーザーの運転免許を有する被告加藤道夫は機設移動の必要上己むなく自発的に右ブルドーザーを南蔵王の現場に移送することとなつたところ、隅々その場に来合せた喜義が被告加藤道夫の制止を聞き入れず、右ブルドーザーの助手席に乗車したため同人を乗車させたまま、前記現場に向け出発し、本件事故に遭遇したものである。

四、原告政義親子は小野建設株式会社と何等の雇傭関係はなく、又右車両は同会社の保有車両でもなく、被告小野英凱(昭和四四年八月二三日死亡)個人としても、移送を指揮、監督した事実はないのであるから、原告の本訴請求には応じ難いと述べ、

五、<証拠略>

被告加藤道夫は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告等の主張事実第一項の事実は認める。但しブルドーザーの運転は被告小野英凱社長と原告久保政義の両名から依頼されたのである。その余の主張事実は知らないと述べた。

被告加藤道夫は欠席して甲号各証の認否をしない。

理由

一原告等主張の第一項の事実は、被告加藤道夫の認めて争わないところである。

二被告小野英凱との関係においては、

(一)  右事実中原告等の長男喜義が南蔵王の工事現場に移送する被告加藤道夫運転のブルドーザーに同乗し、原告等主張の日時、場所において、道路の路肩崩壊のため、ブルドーザーが崖下の用水堀に転落した事故により、喜義が死亡するに至つたことは、同被告と原告等との間に争いがない。

(二)  <証拠>を総合すれば、亡喜義は昭和四二年二月頃育英高校を中途退学し、山形ブルドーザー株式会社に勤務してブルドーザーの運転業務に従事していた原告政義について運転を見習う傍ら、同年二月末頃より当時原告政義が仕事を手伝つていた訴外株式会社小野組(被告小野英凱は当時同会社の社長であつた)の請負事業である閑上の土地改良工事現場で雑役として同会社に雇われ、測量の補助等の事務に従事していたこと。同年三月二九日小野組では南蔵王の現場にブルドーザーを自送することとなつたのであるが、原告政義に差支えが生じたため被告小野英凱は大型自動車の運転免許を有し、同会社の運転手として勤務していた被告加藤道夫がブルドーザーの運転免許を有していないことを承知の上で同被告にその自送を命じ、喜義にも補助するよう要請したので被告加藤道夫と喜義の両名はトレーラー会社の運搬車にブルドーザーと共に乗り組み閑上の現場を出発し、鎌先温泉に至つて、そこでブルドーザーを降ろし、同所から被告加藤道夫が喜義を助手席に同乗させてブルドーザーを運転し、南蔵王の現場に向かつたこと。前記事故現場は三、三米巾の舗装していない山中の道路上で運転者としては雪解け頃で路肩がゆるんでいることを考えなければならなかつたのであるが、同被告は路面に出来た無数の穴に気を奪われ、比較的大きな穴を避けようとして不注意にも路肩に寄り過ぎたため、その瞬間路肩が崩壊してブルドーザー諸共崖下に転落する結果となり、喜義は崖の途中に抛り出され下敷きとなつて、同日午後四時頃死亡するに至つたこと。以上の事実を認定することができ、右認定に副わない証人佐々木とみの供述部分は前記認定の各証拠に照らしたやすく信を措き難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

してみると被告小野英凱は小野組の事業の執行に当り、無免許者である被告加藤道夫にブルドーザーの運転を命じたのであるから、運転者の選任、監督に過失のあつたことは明かである。

原告等は被告両名は共同不法行為者である旨主張するけれども被告小野英凱が運転を命じたことと、本件事故との間に相当因果関係があると認めるべき特段の事情も証拠もない本件においては同被告に民法第七一九条の責任を問うことはできない。然し同被告の前記監督上の過失に鑑み、同法第七一五条第二項所定の責任を問うことは許されてよい。

三だとすれば、被告両名は原告等の被つた損害につき連帯して賠償する義務があること明かであるから、次に損害の額につき考察する。

(一)  亡喜義の損害

<証拠>を総合すれば、亡喜義は昭和二五年二月二五日生れの健康な男子で、勤め先の小野組において、給付基礎日額金六七一円の給与の支給を受けていたことが明かで、<反証排斥>。

これによると亡喜義の月収は一か月三〇日稼動するものとして金二万一三〇円となるところ、原告久保幹子本人の供述によれば親子三人が一か月金四万円で生活していたことが認められるので、亡喜義の一か月の生活費は金一万円とみるのが相当であり、これを右月収から差引いた金一万一三〇円が同人の一か月間の純収益となる。これを基礎として事故当時満一七才一か月余から平均余命の範囲内であり十分に稼動可能の年令である五五才一か月余までの三八年間の得べかりし利益を事故現在において請求するものとしてホフマン式計算法によりその額を算出すると金二五四万九、一三七円(円未満切捨)となる。

亡喜義は思いもかけない事故のためあたら春秋に富む生活を僅か一七才の若干にして閉ぢてしまつたのである。死に至るまでの同人の嘆き悲しみは察するに余りあるものがある。当裁判所はその他諸般の事情を斟酌し、同人に対する慰藉料の額は金五〇万円が相当であると認定する。

(二)  原告等の損害

<証拠>を総合すると原告両名間には長女美津子、長男喜義の二子が出生し、長女は北海道の病院に勤務して、事故当時は原告両名と喜義の親子三人が水入らずの平和な家庭生活を営んでいたこと。喜義は昭和四一年一二月北海道の三笠高校より育英高校に転校して来たのであるが、両親の豊かでない生活の実態を知るに及び早く親を安楽にさせたいという一念から、学校を中途退学して働きに出た心のやさしい親思いの子であつたことが認められる。目に入れても痛くないこの吾が子を一瞬にして失つた原告等両親の心痛は洵に深い。当裁判所はその他諸般の事情を斟酌して原告等に対する慰藉料の額は各金一〇〇万円が相当であると認定する。

四然して亡喜義の損害額合計金三〇四万九、一三七円は原告等においてその二分の一金一五二万四、五六八円(円未満切捨)宛相続しているので、これを原告等の右損害に加算した額即ち原告等は各金二五二万四、五六八円の請求権を有するものというべきところ、原告等において亡喜義の労災保険金三二万三、五三〇円の支給を受けているので、これを前記金額より二分の一宛差引いた金二三六万二、八〇三円が原告等の請求金額となること計数上明かである。

よつて原告久保幹子の本訴請求は被告両名に対し右金二三六万二、八〇三円及びこれに対する昭和四二年三月二九日以降完済まで法定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度でこれを相当として認容すべく、爾余を失当として排斥し、被告両名に対し前記損害額のうち金一〇〇万円及びこれに対する右同日以降完済まで法定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める原告久保政義の本訴請求はこれを相当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用し、仮執行の宣言は相当でないと認めるので、これを付しないこととして主文のとおり判決する。(三浦克己)

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